大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和33年(オ)1078号 判決

上告人 川上孝助

被上告人 茨木市農業委員会

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人土井一夫の上告理由一について。

上告人らは原審において、買収対価増額請求の訴を予備的に追加して、第一審判決添付物件表記載の宅地のうち1、2、6ないし10の宅地につき、本件買収計画取消請求(第一次的請求)が認められないときは買収対価を増額することを求める旨の申立をしたものである。しかるに原判決によれば、宅地買収対価増額請求は、自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する。)一五条三項により準用される同法一四条に基づき、令書の交付または同法九条一項但書の公告があつた日から一月以内に国を被告として提訴することを要するところ、第一審において、上告人らは本件買収計画が違法であることの一理由として買収対価の不当であることを主張したに止まるものであり、対価増額請求は原審においてはじめてしたものであることが記録上明らかであるから、原審において買収対価増額の予備的請求をした時にその訴がなされたものというべく、右予備的請求は、前記一月の出訴期間を経過した後になされたものであることが明らかであるから、右訴は不適法として却下すべきものである旨を判示している。

思うに、予備的請求は、第一次的請求とは別個の請求であるから、訴の提起そのものは予備的請求の追加申立をした時になされたといわざるを得ないが、本件におけるように、買収対価に対する不服が既に第一審において買収計画取消の請求原因の一として主張されている場合には、国に対し右対価を争う意思は、実質的には、右計画取消訴訟提起の時に既に表明されていたものと解するを妨げないから、出訴期間の関係においては、たとえ前記予備的請求の訴提起の時期が出訴期間経過後であつても、なお本件買収計画取消訴訟提起の時から提訴されていたものと同様に取扱うのを相当とし、本件予備的請求は、出訴期間遵守の点においては欠くるところがないといわなければならない。それ故、これと異る判断を示した原判示はこの点において違法たるを免れない。しかし、自創法一四条第二項によれば、同条一項の訴においては国を被告とすべきものであるところ、本件買収計画取消訴訟は、農業委員会を被告として提起されたものであるから、これに対価増額の予備的請求を併合する場合には、国を被告として追加しなければならない。しかるに本件対価増額請求の訴は、農業委員会を被告とする買収計画取消請求の訴において、同請求(第一次的請求)の理由がないことを条件とし右農業委員会を相手方として予備的に申立てられたものであるから、自創法一五条三項により準用される同法一四条二項の規定に違反し、被告適格を誤つた不適法な訴であつて、原審がこれを却下したことは、その却下の理由たる出訴期間遵守の有無に関する判断に前記違法あるにかかわらず、この点から正当たるを失わず、論旨は、結局理由なきに帰し、採るを得ない。

同二について。

原判決が、上告人らの第一次的請求たる本件買収計画取消請求につき、第一審判決に示された摘示理由と同一理由によつて上告人らの本訴請求を失当と認めるから右摘示理由をここに引用すると説示し、その第一審判決の摘示理由には、買収対価に対する不服は自創法一四条所定の対価増額の訴によるべきであつて、買収計画取消の事由としてはその主張を許さないものであると判示があることは所論のとおりである。ところで、上告人らは第一審において、宅地買収の対価は時価を参酌して定むべきものであるにかかわらず、実際には一律に賃貸価格の六五倍に当る一坪一六円九〇銭と定められていて、当時の時価が一坪七〇〇円を下らないものであることに照らし不当に少額であり、そのような少額の対価によつた本件宅地買収計画は違法であるとして右買収計画の取消を訴求しているものであることは、第一審判決の事実摘示のとおりであり、右主張に対して第一審判決は前記のような判断を与えたものであることは判文上明らかである。

しかし、買収対価が不当に少額であるとしてその額につき不服をとなえ、その増額を訴求するには、自創法一四条の訴によつてその救済を求むべきものであり、このような理由をもつて買収処分自体の効力を争うことは許されないものと解するを相当とし(昭和二五年(オ)第三八一号、同二六年九月一一日当裁判所第三小法廷判決、民集五巻一〇号五五二頁参照)、これと同趣旨の前記第一審判決判示およびこれを是認した原判決は正当であり、論旨はこれと相容れない独自の見解に立却するものであつて、採るを得ない。

よつて、民訴三九六条、三八四条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 入江俊郎 斎藤悠輔 下飯坂潤夫 高木常七)

上告代理人土井一夫の上告理由

一、原判決は上告人等が原審に於いて訴を拡張して予備的請求として原判決添附物件表記載の宅地のうち、1、2、6乃至10の宅地について買収計画の取消が認められないときは買収の対価を増額することの申立をしたのに対し買収の対価増額請求の訴は自創法第一五条第三項、第一四条により令書の交付又は同法第九条第一項但書の公告があつた日から一ケ月内に国を被告として提起することを要するところ上告人等は右一ケ月の出訴期間を経過した後に於いてその請求をしたことが明であるから右訴は不適法として却下すべきものと説示して右申立を排斥した。

然しながら上告人等が右買収計画を不服として出訴した理由の一はその買収対策が著しく低廉で時価と比較にならず時価を参酌して対価を定むべきとした自創法第一五条第四項の規定に背馳することに対する不服である。この不服は右対価自創法第一五条第四項に違反する点において買収計画取消の理由となし得べく又その対価を時価相当に増額を求める点において買収の対価増額請求の理由と為し得べきものである。而して買収計画取消の請求と対価増額の請求は之を別個の訴をもつてなすことを必要とするときは対価増額の請求は買収計画の承認を前提とするため相矛盾する訴を同時に提起せねばならないことゝなるので買収計画取消請求の訴に於いて取消の請求が容認せられないときは対価の増額の請求を為すことを予備的に申立てることは許されなければならない。上告人等は右対価の不当を買収計画取消請求の理由として本訴を提起したが控訴審において右不当の理由を訴の拡張によつて予備的に対価増額の請求としてその申立をしたものである。

訴訟が事実審にある間は訴の拡張によつて主たる請求に関連する請求を為し得べきものであるから対価の増額請求の予備的中立を訴と同時にしなかったとしても之を不適法とは云い得ない。然るに原判決は買収取消請求の訴と対価増額請求の訴は別異の訴を以つて為すべきものとの見解のもとに上告人が控訴審において訴の拡張を以つて申立てた対価増額の予備的請求を新訴の提起となし右申立の時が自創法第一五条第三項、第一四条の一ケ月の出訴期間を経過した後であるから不適法であるとして却下し対価の増額の請求について事実上の審理をしなかつたことは法の解釈を誤り訴訟手続に違背した違法があるものと思料する。

二、上告人等は本件買収計画取消請求の理由の一として対価の不当を挙げた。これに対して原判決が引用した第一審判決は対価に対する不服は自創法第一四条所定の対価増額の訴によるべきで買収計画取消の事由としてはその主張を許さないものと解するを相当とするとの理由によつて上告人等の主張について判断を為さずしてこれを排斥した。

然しながら上告人等が対価の不当を以つて買収計画取消の事由としたのは単に被上告委員会の為した買収対価の決定は不当に低額であると云うのではなく自創法第一五条第四項の買収対価は時価を参酌して定めるとの規定に反する違法を理由としたのである。(訴状第四、第一審原告提出第三準備書面参照)

自創法は買収地の対価について農地の買収については同法第六条において田は当該賃貸価格の四〇倍、畑はその四八倍と定めて対価の額を確定したのに反し宅地については同法第一五条において特に時価を参酌してこれを定むべきものとした自創法が農地と宅地との間に斯る差別を設けた理由は宅地は農地と異り自作農となるべきものが買収の申請をした場合において市町村農地委員会がその申請を相当と認めたときに買収すべきもの、所謂認定買収であるから宅地所有者の買収によつて蒙る損害を考慮し買収の対価が時価に比して均衡を失することを避けしめようとする趣旨に外ならない。

然るに自作農創設特別措置法施行令第一一条は市町村農地委員会が自作農創設特別措置法第一五条第一項の規定により買収する土地又は建物の対価を定めるには中央農地委員会の定める基準によらなければならないと規定し中央農地委員会は昭和二二年五月七日宅地についてはその賃貸価格に財産税法に定める倍率を乗じて得た額の範囲内とすることゝして(昭和二二年五月一四日農林省告示第七一号宅地等の対価算定基準に関する件)賃貸価格の六五倍以下と限定し農地と同様な制限を設け時価を参酌する余地のないようにしたことは自創法第一五条の趣旨を滅却したもので命令を以つて法律を改変したことに帰着し右命令による基準は無効と云わねばならない。而して被上告委員会は本件宅地の買収対価を決定するについて右中央農地委員会の違法な基準に盲従し一率に賃金価格の六五倍と決定したゝめ(末尾添附裁決書参照)その当時の時価一坪七百円と評価せられていた本件宅地の対価を一坪一六円九十銭と決定する不当な結果を生じたのである。従つて被上告委員会の本件宅地の対価の決定は自創法第一五条第四項時価を参酌して定むべしとの規定に反し違法と云わねばならない。上告人等は一審以来右事由を以つて買収取消請求の理由としたのであるが原判決が対価に対する不服な対価増額の訴にのみよるべきもので買収取消の事由としてはその主張を許さないものとなし上告人等の主張について判断しなかつたのは審理不尽、理由不備の違法があるものと思料する。 以上

附属書類〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例